真珠産業

真珠は、天然では産出が稀で、容易な加工で美しい光沢に富むため、
「月のしずく」「人魚の涙」と呼ばれ、世界各地で宝石として珍重されてきました。
その希少性から、薬としての効能が期待され、服用される事もあります。
日本では解熱効果があるとされ、今でも風邪薬に利用されています。
クレオパトラも真珠に目を付け、酢に溶かして飲んでいたと言われています。

養殖貝による真珠生産の歴史は、11世紀頃から始まります。
中国などで生産されていましたが、量産には成功していませんでした。
日本では、1893年に、養殖アコヤ貝の半円真珠の生産に成功し、
1905年には、真円真珠の生産に成功しました。

養殖貝による真珠生産の発明者が、1907年に、
「貝類の外陰膜内に真珠被着用核を挿入する針」として特許権を獲得しました。
海外でも”Mise-Nishikawa Method”として知られています。

その後、様々な技術の改良を経ながら、愛媛県の宇和島・長崎県の対馬などで生産が行われました。
1996年頃からは、ウィルス感染によってアコヤ貝が大量死し、排水による湾の富栄養化なども相まって、日本のアコヤ真珠の生産は減少しています。

世界でも、1930年代には真珠を重大産業としていた国々は、養殖真珠の出現によって、真珠産業が成り立たなくなり、大きな打撃を受けました。

真珠産業自体は、世界的に縮小してしまいましたが、今でも、真珠に関わる場所や、真珠の文化などが数多く残り、アクセサリーとしても依然人気です。